伊丹教会礼拝堂の音響について―非対称の美と豊かさ
畠中秀幸
2025年の2月にご縁を頂きまして演奏でお邪魔致しました、左手のフルーティスト畠中秀幸です。音楽ユニット「レフティーズ」として一緒に伺いました左手のピアニスト有馬圭亮ともども、大変温かい雰囲気でお迎え頂き、そして祈りに満ちた素晴らしい光と音の礼拝堂で演奏させて頂きましたこと、大変印象に残っています。本当にありがとうございました。
さてコンサート時にもお話いたしましたが、私は演奏家と同時に建築家としても活動しております。日頃、光(空間)と音(時間)に着目し、その融合を目指して、「建築のような音楽を・・・ 音楽のような建築を・・・」をテーマに活動している私にとって、貴礼拝堂は大変示唆に富んだ素晴らしい環境でした。
第一に特筆すべきことはまず天井がとても高く、空間のプロポーションが良いことが上げられます。総じて視覚的プロポーションが良い空間は音響的にも優れているものが多いのですが、貴礼拝堂はその最たる例であり、都市型の教会として高さが自由に設定できる2階に礼拝堂を作ったことが功を奏しています。中央部の一段高くなっている木の部分も優しい雰囲気と音響作りに一役買っています。
また上記に起因する大らかさや豊かさを前提として、空間の設えがシンメトリー(左右対称)ではないことが上げられます。一般的に礼拝堂は神に対する祈りの空間という側面から、左右対称であることが多いのですが、貴礼拝堂は節度を保った中で左右非対称の設計が行われています。
祭壇に向かって左側の道路および線路側の東面の壁は、その面から直接光を取り込めることを利用して、近代建築の祖といわれるル・コルビュジエがロンシャン教会で採用した飾り窓のようなデザインが施されたステンドグラス窓や、沢山の縦長スリット窓が用いられています。さらには、これらの窓に加えて、正面左斜めの壁や、三位一体を表す3本の柱を空間の中に表すことなどによって、沢山の凹凸を作り出しています。この凹凸によって音は複雑な拡散と反射を繰り返して、みなさんの元へ届きます。また、この壁は東面に当たるので、午前中の光を劇的に演出し空間を照らすことに役立っています。
一方、祭壇に向かって右側の礼拝堂西側の壁は、東側とは違ってシンプルで凹凸の少ないデザインになっています。天井に設けられたトップライトから降り注ぐ静謐な光と相まって、祭壇で発せられた音は東側に比べるとあまり反射や拡散をすることなく、比較的直接的にみなさんの元に届きます。
これら二つの壁の形態的な差異が音響(残響)的に適度なズレを生み出し、豊かな音環境を作り出しています。さらに言えばその音が光環境とも整合が取れていることも特筆に値します。
また有馬圭亮は、礼拝堂のピアノについて以下のように述べています。
「このピアノは、とても自然体で、どこか控えめでありながら、確かな響きをもって空間に息づいています。気取ることなく、しかし芯のある音で、静かに寄り添ってくれる・・・ そんな不思議な優しさを持つピアノだと感じています。きっと教会のことを深く理解されている方が、長く大切に、愛されていくことを願いながら、静かな祈りの中で選び抜かれたものなのだろうと想像しています」と。
我々二人は右半身に障害を負った身ではありますが、少なからず人間は完璧な左右対称ではないと言えるでしょう。美学的節度を保った中での左右非対称という形態に落とし込み、美しい光と豊かな音に結実させた素晴らしい時空間は、そのプロポーションの良さと愛されているピアノと相まって、神への意思という想いを実現していると思います。
今後も貴礼拝堂がみなさんの心の拠り所として生き続けることを願っています。
そして、いずれまた演奏でお邪魔させて頂けたら、これ以上の幸せはありません。
【注】伊丹教会礼拝堂を会場にして2025年2月22日にコンサートを開催した左手の音楽ユニット「レフティーズ」(ピアノ・有馬圭亮氏、フルート・畠中秀幸氏)の畠中氏が、演奏者であると共に建築家でもある立場から、伊丹教会礼拝堂の音響および視覚空間について原稿を寄せてくださいました。