10/12 礼拝動画・説教要旨
| 本日の説教要旨 「天の国は思いやる心に」 山本一牧師 マタイによる福音書20章1〜16節 ⚫︎アメリカ・カリフォルニアには、南米からの移民の方々が多くおられました。そこで「誰も雇ってくれない」という、今日の聖書に出てくる日雇い労働者の言葉が現実のものとして感じられました。仕事が得られないということは、移民家族にとって生活の危機そのものであり、その痛みを肌で感じたのです。 ⚫︎イエス様は今日の箇所で「ぶどう園と日雇い労働者のたとえ」を語られました。ある家の主人が、ぶどう園で働く労働者を雇うため、明け方に出かけ、一日一デナリオン(当時の平均的な一日分の賃金)を約束しました。その後も主人は三時間ごとに人を雇いに行き、最後には午後五時にも人を雇いました。ところが賃金を支払う時、最後に来た人から支払い始め、全員に同じ額を与えたのです。これに先に働いた人々が憤慨した、というたとえ話です。 ⚫︎イエス様はこれを「天の国(神の国)のたとえ」として語られました。たとえ話は実話ではなく、真理を鮮明にするために誇張が用いられます。この話で特に注目すべきは、午後五時に雇われるという非現実的な設定です。主人が夕方に人を雇ったのは、労働力が必要だったからではなく、働けずにいた人とその家族への思いやりからでした。 このたとえは、神様は約束を守られる方ですが、単に「公平な方」ではなく、何よりも「憐れみ深い方」であることを教えています。神の憐れみとは、それに値しない者に与えられる、ある意味「不公平」な恵みです。私たちは一日分の働きに満たない労働者のように欠けある存在ですが、その私たちに完全な恵みと救いが与えられているのです。「誰も助けてくれない。イエス様、あなたしかいないのです」と祈るとき、主はその人を憐れみ、救ってくださいます。 ⚫︎イエス様はまた、この話を律法主義に陥っているユダヤ人たちを意識して語られました。彼らにとって、罪人たちが突然キリストを信じ、救われて喜んでいる姿は受け入れがたいものでした。イエス様は、そんな彼らの「公平」へのこだわりが、むしろ心を不自由にしていることを見抜かれたのです。そして、行いによって報いる神ではなく、憐れみ深い神を知り、冷たく裁く心ではなく、憐れみの心を持つことにこそ神の国があるのだと教えられたのです。 ⚫︎偏見や差別をなくすのは、運動や教育だけではありません。ほんとうに人の心を変えるのは、他者との「真実な関係性」です。教会の宣教の大切な点は、今まで知らなかった隣人のことを深く知ることによって、私たち自身の偏見や狭い価値観から解放され、共感と優しさに満たされていくところにあります。そこにこそ、神の国と呼べる豊かな人の心が与えられるのです。今日のたとえから、そのことを共に学びたいと願います。 |