11/2 礼拝動画・説教要旨
| 本日の説教要旨 『神の国の交わり(コイノニア)』 山本一牧師 マルコによる福音書7章14—23節 ●今日の聖書箇所は、イエス様が「すべての食べ物は清く、人を汚すことはない」と宣言され、食物規定から人々を解放された有名な場面です。ただし、イエス様の言葉の真意は、食べ物の清さではなく、人間の心の在り方にあります。 イエス様は「人から出て来るものこそ人を汚すのである。中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである」と明言されました。そして、みだらな行い、盗み、殺意、姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別といった、私たちの内側から湧き上がる悪のリストを挙げられます。 この教えは、律法の遵守こそ清さだと信じ、わざわざエルサレムからやって来てイエスと弟子たちを細かく観察し、裁き、非難したファリサイ派への応答でした。イエス様が問題にされたのは、彼らの正しさや清らかさを自負し「上から人を見下す」高慢な律法主義の姿勢です。そしてこの「心から出てくる悪」のリストは、ファリサイ派だけでなく、弟子たちを含むすべての人間に共通する普遍的な罪の現実を示しています。 ⚫︎「汚れ」という言葉は、実は「交わり」と深く結びついています。ギリシャ語で「汚れ」は「コイノス」と言いますが、この語はイエス様と初代教会が大切にした「コイノニア(交わり)」と同じ語源を持っています。「コイノニア」とは、単なる社交やつきあいではなく、互いの弱さや、時には「汚れ」さえも包み込む、深い「心の分かち合い」を意味します。 ⚫︎私は、医師・岩村昇さんの体験を思い起こします。1960年代、医療の乏しいネパールで献身的に働いていた岩村さんは、ホームシックに悩まされました。その時、ミッションの責任者リンデル氏がこう尋ねました。「これまで4千人を診療したそうだが、その中で悩みを打ち明け合える『心の友』を一人でも得たか。」岩村さんが「一人もいません」と答えると、リンデル氏は静かに言いました。「あなたはこの2年半、何もしていなかったのですね。」この言葉を通して岩村さんは、上から下への一方的な奉仕ではなく、対等な関係の中で「心の友」を得ることこそ、真の交わりとミッションの核心であることに気づかされました。 ⚫︎イエス様はまさにそのように「上から下へ」ではなく、へりくだって人々の「心の友」となられました。そして十字架の上で、すべての人の汚れを引き受け、血を流すまでに愛を示されました。それは、私たちも互いに弱さを受け入れ合う「コイノニア」の交わりに生きるよう招くためでした。 私たちは、自らの欠けや汚れを見つめつつ、そのすべてを受け入れてくださるイエス様を真の「心の友」として迎え入れたいと思います。そして、謙って心を開き、互いに弱さを受け止め合う「コイノニア」——すなわち「神の国の交わり」を、この地に広げていく者とされていきたいと願います。 |