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11/23 礼拝動画・説教要旨

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本日の説教要旨 『迷惑かけてありがとう』
山本 一牧師
テモテへの手紙一1章12〜17節
●今日は収穫感謝日です。自然界にある動植物という「命」をいただいて生かされている私たちは、本来多くのものに支えられ、多くの恵みを受けて立っている存在です。この事実を覚えるとき、私たちは神と人と自然への感謝をもって日々を歩む者として招かれていることを思わされます。
●本日の聖書箇所でパウロは、自らを「神を冒瀆する者、迫害する者、暴力をふるう者」であったと率直に告白します。そして続けて「私は憐れみを受けました」と繰り返します。さらに彼は「わたしは、その罪人の中で最たる者です」と語り、自分の弱さを隠すのではなく、むしろ明らかにすることで、キリストの恵みの大きさを証しする者となりました。 「憐れみ」とは、私たちが立派だから受けるのではなく、神様が無条件に注いでくださる愛です。パウロは「キリスト・イエスは罪人を救うために来られた」と告げ、赦しを受けて新しい命を見いだした喜びを語ります。これこそ「神の福音(喜びのメッセージ)」であり、弱い者を立ち上がらせる力です。
●哲学者・鷲田清一さんは『弱さの力』という本の中で、弱さを抱えながら他者の心や体のケアに携わる人々の働きを「ホスピタブルな光景」と呼んでいます。それは強いものが弱いものを支えるのではなく、弱い者が弱い者に仕える姿であり、これは教会の姿に通じます。鷲田さんは、元ボクサーの「たこ八郎さん」の言葉「迷惑かけてありがとう」を紹介しています。ふつう私たちは迷惑をかけると「ごめんなさい」と言います。しかし彼は、自らの弱さゆえに迷惑をかけつつ、そのままの自分を支えてくれた人々に「ありがとう」と言いました。弱さを受け止めてもらえる関係への深い感謝が、その言葉には込められています。
●私たちも教会に集ってもなお、不完全で弱いままです。迷惑をかけながら生きている者であることに変わりはありません。しかし教会は、互いの弱さを担い合い、祈り合い、支え合う場所です。強い者が弱い者を助けるのではなく、弱さを抱えた者同士がキリストの愛のもとで支え合い仕え合う時、主の憐れみが豊かに働きます。私たちの教会の関係も、そして主イエス様との関係も、「迷惑かけてありがとう」と言い合える関係でありたいと願います。弱さのまま受け入れてくださる主に感謝しつつ、その憐れみを互いに分かち合う群れとして歩んでまいりましょう。

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