3/8 礼拝動画・説教要旨
受難節第3主日礼拝
3月8日 (日) 10:30~
説 教 「私にとってイエスとは」山本一牧師
聖 書 マルコによる福音書8章27~33節(新p.77)
讃美歌 1,280,543,24
| 本日の説教要旨「私にとってイエスとは」 山本一牧師 マルコによる福音書8章27〜33節 ●「あなたにとってイエスとはどのような存在ですか?」という問いに皆さんはどう答えられるでしょうか。 『僕んちは教会だった』の著者であり、歌手であり、牧師でもある陣内大蔵さんは、私は小さい頃、街角で立小便をするような悪ガキでした。でも、私にとってイエスさまは、そんな自分と一緒に立小便をしてくれるような存在だと感じていたんです。」と言われるほどにイエス様をそれだけ身近な存在として感じておられたそうです。イエス様は近寄りがたい存在ではなく、神でありながら、一人の人間を救うためにどこまでも寄り添って歩んでくださる友なるお方だという事に共感します。 ●今日のマルコによる福音書では、イエスさまが弟子たちに「あなたがたは、わたしを何者だと言うのか」と尋ねられます。これは福音書の中心となる大切な場面です。ペトロは「あなたはメシアです」と答えますが、その意味をまだ十分には理解していませんでした。やがてイエスさまを見捨てて逃げるという経験を通して、ペトロは「この方こそ、私のために十字架にかかって命をささげてくださった救い主だ」と告白するに至ります。私たちもイエスさまについての知識を得るだけではなく、「あなたは私を何者だと言うのか」という問いに、自分自身として答えることが求められています。 ●今週3月11日には東日本大震災から15年を迎えます。私は被災地で泥かきのボランティアをした際に、神さまは災害を遠くから見ておられる方でも、天罰を与える方でもないと深く感じる体験をしました。絶望の中でそれでも必死に復興のために働く人々と共に、神さまはおられると感じたのです。イエスさまは「こんな場所に」「こんな私のところに」と思うような所にこそ来てくださり、共に歩んでくださるお方です。 ●ペトロの告白の後、イエスさまは「誰にも話すな」と言われました。それは人から聞いたイエス像をそのまま受け入れるのではなく、「あなたにとってイエスとは誰なのか」という問いに、私たちが生涯かけて向き合うためです。私たちの信仰も、最初は「遠い存在」から始まるかもしれません。しかし祈りの中で神と向き合う時、子どもたちが「イエスさまはいつも一緒にいてくれる」と信じるように、私たちもイエスの近さに気づかされます。主は今日も問いかけておられます。「あなたは、わたしを何者だと言うのか。」その問いを胸に、今週も私たちのすぐそばにおられる主イエスと共に歩んでいきましょう。 |