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4/26 礼拝動画・説教要旨

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復活節第4主日礼拝
4月26日 (日) 10:30~
説 教 「栄光はどこに?」山本一牧師                        
聖 書 ヨハネによる福音書13章31~35節(新p.195)
讃美歌    7,502,464,25

本日の説教要旨栄光はどこに?」
山本一牧師
ヨハネによる福音書13章31〜35節
⚫️ヨハネ福音書には「栄光(ドクサ)」という言葉が繰り返し登場します。一般に栄光とは、成功や名誉、地位や美しさなどを意味し、現代社会においても多くの人がそれを追い求めています。しかし、それらが本当に人の幸いであり、人生の誉れと言えるのか、私たちは改めて問い直す必要があります。むしろ、この世の価値観とは異なるところにこそ、真の「栄光」があるのではないでしょうか。
⚫️本日の聖書箇所は「ユダが出ていくと」という言葉から始まります。これは、ユダがイエスさまを裏切る出来事の始まりを意味します。その瞬間にイエスは「今、人の子は栄光を受けた」と語られました。ここで示されている栄光とは、栄誉や成功ではなく、裏切りに始まる受難、そして十字架の死を指しています。人間的には到底理解しがたいこの出来事こそ、神の栄光の現れであるとヨハネは語ります。十字架とは、神が罪深い人間のためにご自身をささげ、愛を貫かれた出来事であり、そこにこそ真の栄光があるのです。
⚫️さらにイエスさまは「新しい掟」として、「互いに愛し合いなさい」と命じられました。社会的成功や業績も価値あるものかもしれませんが、それ以上に大切なのは、弱さや欠けを抱えながら生きる私たちが、互いに支え合い、祈り合い、愛し合うことです。そのような歩みの中にこそ、神の栄光は具体的に現れていきます。 ●「100万回生きた猫」(佐野洋子作)という書かれた絵本があります。100万回死んで生まれ変わった猫。王様の猫や船乗りの猫・・・何度生きても愛する事を決して知らなかった猫が最後に愛する者と出会い、そのために涙を流した時、もう二度と生まれ変わらなくなった。というお話です。これは人の人生は、自らが人を愛する事がなければ空しい人生である事を教えているように思います。
⚫️私たちは何を求めて、何を「栄光」として生きているのでしょう。聖書はその命を十字架で捧げるほどに、私たち人間をこの上なく愛してくださったそのイエス・キリストの姿に神の栄光があったと告げています。私たちもまた「神を愛し、人を愛する」その歩みを求めて励む者でありたい。そう願います。

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