5/31 礼拝動画・説教要旨
聖霊降臨節第2主日礼拝
5月31日 (日) 10:30~
説 教 「アッバ(父)と呼ぶ」山本一牧師
聖 書 ローマの信徒への手紙8章12~17節(新p.284)
讃美歌 12,470,392,26
| 本日の説教要旨「アッバ(父)と呼ぶ」 山本一牧師 ローマの信徒への手紙 8章12〜17節 ⚫️幼い子どもが「パパ!」と叫んで駆け寄る姿には、純粋な信頼が満ちています。しかし成長するにつれ、子どもたちも、親や友人やこの世の指導者も、皆、弱さと限界を持つ不完全な存在だと知るようになります。誰も完全には信頼できないこの世界だからこそ、私たちは真に信頼できる方として「神様」を伝える使命があります。 ⚫️使徒パウロは、「神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです」と宣言します。ここで「神の子とする」と訳されるギリシャ語「フィオセシア」は、本来子どもではない者を子として迎え入れる「養子縁組」を意味します。私たちは生まれながらに清い存在ではありません。罪と弱さを抱え、神から離れてしまう私たちを、神はキリストによってありのまま迎え入れ、神の子としてくださったことを聖書は教えています。 ⚫️旧約聖書には神を「父」と呼ぶ表現はありますが決して多くはありません。ところが新約聖書では、「父」という呼びかけが顕著に増えます。それはイエス様ご自身が祈りの中で神を「アッバ」と呼んでおられたからです。「アッバ」とは「パパ」という親しみと信頼に満ちた呼び方です。イエス様は神を遠く離れた恐ろしい存在ではなく、最も深く信頼できる父として呼び、私たちにもその関係へ招いておられる。そのことを今日の箇所でパウロは伝えています。 ただ、私たちは時に試練の中で神を信じられなくなることもあります。そんな時こそ、十字架の苦しみのただ中でも父なる神を信頼し、死の先に復活を与えられたキリストの歩みを思い起こしたいのです。 ⚫️『きょうを生きる祈り』という本に、「友のために」という祈りがあります。 「神様、友が苦しんでいます。……友が言いました。『ヨブのように神さまに叫んでもいいのでしょうか』。神さま、かつて私はあなたに叫びました。思いがけない出来事のただなかで右往左往しました。『何故、どうして』と。叫びながら、地団駄を踏みながら、『いつか分かる、神さまは最善をなしてくださる』との思いが湧いてきました。あれから15年、あなたは最善をなしてくださいました。わざわいも、あなたが伴ってくださったゆえに、良きに変えられました。友の叫びをあなたにおゆだねします。」 ここに祈りの現実と深い意味があります。祈りとは時には叫び、涙、うめきです。形や内容がどうであれ、全存在を神に向けて祈る中で、私たちは少しずつ知らされていきます。神は必ず良きに働いてくださること、この苦しみの中にも共にいてくださることを。その信頼が、苦しみの中を歩む力を与えるのです。 ⚫️真に信頼できる存在を見いだしにくい現代にあって、私たち自身も、愛する家族も友も、この確かな信頼を寄せることができる父なる神と深く出会うことができますように。今日も「アッバ、父よ」と祈りつつ歩んでまいりましょう。 |