1. HOME
  2. お知らせ
  3. 6/28 礼拝動画・説教要旨

6/28 礼拝動画・説教要旨

伊丹教会ロゴ

聖霊降臨節第6主日礼拝
6月28日 (日) 10:30~
説  教 「神からの使命」 山本一牧師
聖  書 エステル記4章1~17節(旧p.767)
讃美歌 16,507,504,27

本日の説教要旨「神からの使命」
山本一牧師

エステル記4章1〜17節
⚫️メイク・ア・ウィッシュ・ジャパンの働きに長く携わった大野寿子さんは、難病の子どもたちの夢をかなえるために歩み続けた方でした。けれども晩年、ご自身が重い病を患い、限られた命の時を知らされます。その中で大野さんは、自分が出会ってきた子どもたちの命の輝きや、夢を持つことの力を一人でも多くの人に伝えたいと願い、最後の力を振り絞るようにして、その使命を果たしていかれました。その姿は、命が長いか短いかではなく、与えられた命を何のために用いるのかを私たちに問いかけています。
⚫️エステル記4章にも、まさに「神からの使命」に目覚めていく一人の女性の姿が描かれています。ペルシアの高官ハマンの策略によって、全土のユダヤ人に絶滅の危機が迫ります。モルデカイは衣を裂き、粗布をまとい、灰をかぶって、苦悩に満ちた叫び声をあげました。そして彼は、その時に王妃となっていたエステルに言います。「この時のためにこそ、あなたは王妃の位にまで達したのではないか。」エステルがそこにいるのは偶然ではない、神の見えない導きの中で、その場所に置かれているのだという呼びかけです。 当時、王に呼ばれずに近づくことは、死を意味する危険な行為でした。エステルは恐れ、ためらいます。しかし、断食と祈りの共同体に支えられながら、ついに「死ななければならないのでしたら、死ぬ覚悟でおります」と語ります。神からの使命を受けて生きるとは、恐れがなくなることではありません。恐れを抱えながらも、神の御心を信じて一歩踏み出すことです。
⚫️このエステルの姿は、主イエス・キリストの姿とも重なります。イエス様もまた、十字架を前にしてゲツセマネで苦しみ、「できることなら、この杯を過ぎ去らせてください」と祈られました。しかし同時に、「わたしの願いではなく、御心のままに」と祈り、十字架へと向かって行かれました。エステルは自分の民を救うために命をかけて王の前に進み出ました。しかしキリストは、私たちすべてを救うために、罪人である私たちのために、ご自分の命を差し出してくださいました。そこに、神の使命に生きる愛の極みがあります。
⚫️私たち一人ひとりにも、また教会にも、神から与えられている使命があります。それは必ずしも大きな働きや特別な職業だけを意味するのではありません。家庭で、職場で、地域で、誰かの痛みに気づき、誰かのために祈り、誰かを支えること。その小さな一日一日の歩みの中にも、神の召命(Calling)があるのです。私たちは皆、「この時のために」今の場所に置かれています。限りある命を、ただ自分のためだけでなく、神と隣人のために用いる者とされたい。十字架へと向かわれた主イエスの愛に支えられながら、今日という一日を、神からの使命を覚えて歩んでいきたいと願います。

新着記事

お知らせ一覧