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6/7 礼拝動画・説教要旨

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聖霊降臨節第3主日礼拝
6月7日 (日) 10:30~
説 教 「主イエスによって癒される」 山本一牧師               
聖 書 マルコによる福音書1章29~39節(新p.61)
讃美歌   13,543,481,27

本日の説教要旨「主イエスによって癒される」
山本一牧師
マルコによる福音書1章29~39節  
⚫️現代において人の価値は、往々にして能力や若さ、どれだけ働けるか、どれだけ役に立つかによって測られてしまいます。それが私たちの生きている社会の現実です。けれども、これは今に始まったことではありません。旧約聖書のレビ記27章にも、人が誓願を立てて神に献げる場合、年齢や性別によって銀の額に差があることが記されています。そこには、当時の社会において、人の価値が労働力や生産性と結びつけられていた現実が反映されています。しかし、今日の福音書に現れるイエスさまの姿は、そのような価値観を根底から覆すものです。
⚫️イエスさまは、シモンの家で熱を出して寝込んでいた姑を癒やされました。当時の父系社会において、彼女は娘の嫁ぎ先に身を寄せていた、肩身の狭い存在であったと考えられます。さらに病に伏していた彼女は、「迷惑をかける者」と見なされかねない立場にありました。 しかしイエスさまは、その人に目を留め、近づき、その手を取って起こされました。ここに福音があります。イエスさまは、人を能力や若さや役割で測られるのではありません。弱った命、年老いた命、病の中にある命にこそ、温かなまなざしを注ぎ、手を差し伸べてくださるお方なのです。 癒やされた姑は、すぐに一同をもてなし始めました。これは単に働けるようになったということではなく、愛を受けた人が、今度は誰かのために生きようと立ち上がった姿です。癒やしとは、病が治ることだけではありません。「自分は愛されている」「自分にも誰かに仕える道がある」と、命の尊厳を取り戻すことなのです。
⚫️以前、春のコンサートで「ユマニチュード」という介護の技法についてお話ししました。ユマニチュードでは、目と目を合わせ、優しく語りかけ、温かく触れることを通して、人がもう一度「命の尊厳」を取り戻していくことが大切にされます。そしてそれを「第三の誕生」と呼んでいます。病や老い、認知症などによって、一人の人間として扱われにくくなった人が、もう一度「あなたは大切な人だ」と受け止められる時、新しい命が生まれるのです。 イエスさまの癒やしも、まさにそのような出来事だったのです。主は、見過ごされていた人に目を留め、手を取り、立ち上がらせてくださいました。そしてその愛を受けた人を、今度は愛に生きる者として送り出されたのです。
⚫️私たちもまた、主イエスによって癒やされる者です。自分に価値がないと思う時、弱さや老い、病の中で心が沈む時、主は私たちに「あなたは神に愛されている」と語ってくださいます。その愛を受けて、私たちもまた、主の愛を伝える者として歩んでいきたい。そう願います。       

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