7/26 礼拝動画・説教要旨
聖霊降臨節第10主日礼拝
7月26日 (日) 10:30~
説 教 「子どもを真ん中に」 山本一牧師
聖 書 マルコによる福音書9章33~37節(新p.79)
讃美歌 3,205,543,28
| 本日の説教要旨「子どもを真ん中に」 山本一牧師 マルコによる福音書9章33~37節 ⚫︎イエス様と弟子たちがカファルナウムの家に着いたとき、イエス様は、「途中で何を議論していたのか」とお尋ねになりました。しかし、弟子たちは黙り込んでしまいます。イエス様が御自分の死と復活、すなわち十字架の愛を語られた直後であったにもかかわらず、彼らは「誰がいちばん偉いか」と、自分の立場を競い合っていたからです。そんな弟子たちに、イエス様は「いちばん先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える者になりなさい。」と言われ、一人の子どもを真ん中に立たせ、抱き上げて言われました。 「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。」 ⚫︎ここで示されたのは、単に「子どもは純真だから尊い」という教えではありません。当時の社会において、子どもは権利も発言力も持たない、力なき「小さな者」の象徴でした。イエス様は、価値がないと見なされがちな存在を弟子たちの「真ん中」に立たせ、御自分の腕に抱かれました。それは、「誰がいちばん偉いか」と競い合っていた弟子たちの価値観を、根本から覆す行為でした。 弟子たちは、その姿を見て何を感じたでしょうか。やがて彼らは、「自分も神の前では小さく未熟な者である。それでもイエス様は、この私を招き、受け入れてくださった」という恵みに気づかされたのではないでしょうか。そして、その恵みに押し出され、社会の片隅に置かれた人々に寄り添い、神の愛を証しする者へと変えられていったのです。 ⚫︎この御言葉から、私は学生時代に通っていた教会を思い起こします。そこには、知的障がいのある一人の女性がおられました。皆で支え方を真剣に話し合うこともありましたが、彼女が教会の中心にいてくれたからこそ、その群れには、一人ひとりの違いや弱さに心を配る「神の愛の空気」が育まれました。そして、彼女がありのまま受け入れられていたからこそ、私自身も欠けや弱さを抱えたまま、安心してそこにいることができたのだと思います。 ⚫︎この出来事は、今日の教会のあるべき姿をも示しています。自分もまたイエス様に招かれ、赦され、抱きしめられた者であると知る人々の輪。その真ん中に、今、愛を必要としている人が迎え入れられていく。それこそが、キリストの体である教会の温かさです。私たちは年齢を重ねても、未熟さや至らなさを抱えて生きています。しかし、小さな者に手を差し伸べ、抱きしめられたイエス様の愛は、私たちにも注がれています。その恵みに支えられ、愛を必要とする人を真ん中に迎えながら、互いに仕え、赦し合い、受け入れ合って歩んでまいりましょう。 |