1. HOME
  2. お知らせ
  3. 12/21 礼拝動画・説教要旨

12/21 礼拝動画・説教要旨

伊丹教会ロゴ

本日の説教要旨神様に目を留められる喜び」
山本一牧師
ルカによる福音書1章39〜56節
⚫︎今、教会玄関横のモミの木の下には、兵庫県の花である野路菊が満開に咲いています。寒さの厳しい季節の中で、天の光を受けながら小さくも可憐な花を咲かせる野路菊の姿は、厳しい世の中に生きる私たちを静かに励ましてくれているように感じます。 「野の草を見なさい」と語られたイエス様は、どんなに小さな存在にも目を留めてくださるお方です。聖書が伝えるクリスマスの喜びとは、私たち一人ひとりが「神様に目を留められる」喜びなのです。その喜びを力強く伝えているのが、今日のマリアの賛歌です。
⚫︎マリアは救い主イエスを身ごもったことを知った時、神を賛美する歌を歌いました。一般的に思い描かれる「聖母マリア」という高貴な姿とは異なり、彼女自身は自らを「身分の低い、この主のはしため」と呼んでいます。当時、女性の地位は低く、マリアの住んでいたガリラヤのナザレも偏見にさらされる土地でした。さらに彼女は、貧しさや、結婚前に身ごもったことによる世間の厳しい視線の中で、深く傷ついた魂を抱えて生きていました。 しかし、そのようなマリアだったからこそ、「こんな私が救い主の母とされるなんて」という驚きと喜びが生まれました。賛歌の中でマリアは、「身分の低い者を高く上げ、飢えた人を良い物で満たされる神」を歌います。これは社会の構造が即座に逆転したという意味ではなく、「神に目を留められた」ことによって、マリア自身の自己認識が変えられたことを表しています。社会の価値観によって定められていた「身分の低い女」という評価が打ち破られ、「幸いな者」として生きる新しい視点が与えられたのです。
⚫︎以前、コロナ禍で職場も学校も閉鎖された時、子ども達が庭の隅に咲く黄色い花に目を留め、「お日様」という名前を付けた出来事から、私は詩を書きました。
「わたしは家の隅に咲いている『花』 日当たりはあまり良くはない
違う場所ならもう少し大きくなったかしら 誰かの目に止まったかしら
子どもたちがやってきた
『これなんて花?』お父さんに聞いた 『黄色い花だね』お父さんはいった
『お日様』って名前をつけよう  子どもがいった
わたしは『お日様』 庭の隅なんかじゃない  広い地球のまんなかに咲いている
目を留められるしあわせ 名前を呼ばれるよろこび
わたしは『お日様』 子どもたちの瞳のまんなかに咲いている」

⚫︎現代社会には、「後期高齢者」「障害者」など、人の価値を定めてしまうような多くの呼び名があります。しかし、そのすべてを超えて、私たち全ての命が神様の瞳のまんなかに置かれ、名前を呼ばれ、愛されていることを覚えたいと思います。イエス・キリストによって、私たちは皆、尊く等しい価値をもつ命として、神の愛の中心に生かされている。そのことを心に覚えるクリスマスとなりますように。

新着記事

お知らせ一覧