3月1日 礼拝動画・説教要旨
| 本日の説教要旨 「祈ってください」 山本一牧師 エフェソの信徒への手紙6章10-20節 ●讃美歌「しずけき祈りの」は、盲目の信徒伝道者ウィリアム・ウォルフォード の詩から生まれました。「苦悩と悲しみの時、私の魂は祈りによって安らぎを見いだし、しばしば誘惑する者の罠から逃れました。」という歌詞が示すように、彼にとって祈りは何にもまさる甘美な時(Sweet hour)であり、試練に打ち勝つ力でした。 ●今日のエフェソの信徒への手紙は、悪魔に打ち勝つために武装しなさいと告げています。しかし、キリスト者が戦うべき敵とは「血肉」(人間)ではなく、人間を悪しき力へと導く「目に見えない力」であると記されています。 聖書に出てくる「悪魔」という言葉は、本来、人と人、また人と神とを引き離そうとする力を指します。人に残虐な行動をさせる力、恐怖や敵対心をあおるデマを広めさせる力、身近にある憎しみや偏見、また困難な状況の中で人を神の希望から引き離し、絶望へと追い込もうとする力もそうです。 ●このような「悪魔の力」に対して武装するよう勧められていますが、ここには攻撃用の武器は一つも出てきません。挙げられる防具は「真理」「正義」「福音」など、信仰による賜物です。また「霊の剣」とは、供え物を整えるための小さなナイフを指す言葉であり、「神の言葉」を意味します。つまり、イエス・キリストが示されたように、真理と愛に固く立ち、神の言葉によって悪の力に抵抗して生きることが勧められているのです。 ●イエスは十字架の前、ゲツセマネで弟子たちに「目を覚まして祈っていなさい」と言われました。イエスの敵は、神から引き離してこの世の力に頼らせようとする悪魔的な力でした。その力に負けることなく、父なる神を信じて歩み抜くために祈る姿を、イエスご自身が示されたのです。イエス様が神の子でありながらそのような姿を弟子たちに示されたのは、この困難の渦巻く世にあって、「祈り」にこそ最大の力があることを示すためだったのではないでしょうか。そして今日のエフェソの手紙の著者もまた、互いに祈り合い、悪の力に抵抗し、神の真理と正義と愛に固く立とうと呼びかけているのです。 ●私たちもまた、病や無理解、偏見など、厳しい現実に直面することがあります。しかしその中で祈るとき、私たちの祈りは、ゲツセマネで祈られたイエスの祈りと結ばれます。 「祈っていてほしい」という言葉は、決して弱い言葉ではありません。キリスト者にとって、それは力強く、最も美しい言葉です。私たちもこの言葉を互いに伝え合い、祈りによって強く結ばれ、人と人、神と人とを引き離そうとする悪しき力に抵抗し、神の愛と希望に固く立つ者とされていきたいと願います。 |