1/11 礼拝動画・説教要旨
| 本日の説教要旨 「洗礼の意味」 山本一牧師 マルコによる福音書1章9〜11節 ⚫︎昨年、米国のある調査会社が、世界最大のリスクは「Gゼロ」、すなわち国際的リーダーシップの不在であると指摘しました。戦争や分断、貧困、孤独、環境破壊など課題は山積みなのに、議論や決議ばかりが重ねられ、弱い立場にある人々が切り捨てられていく現実があります。きれいな言葉や強い権力はあっても、苦しむ人の痛みを「その手」で知り、共に担うリーダーが見えにくい時代です。 ⚫︎今日の聖書は、私たちの主、真のリーダーであるイエス・キリストの公生涯の始まりを伝えています。マルコによる福音書は、イエス様が宣教に踏み出す最初の出来事として、ヨルダン川で洗礼者ヨハネから悔い改めの洗礼を受けたことを記します。この「神の子でありながら、ご自身も洗礼を受けられた」という出来事に、イエス様の生き様が示されています。 ⚫︎「洗礼」には罪を洗い流すというイメージがありますが、本来の意味は「沈める」ことです。本田哲朗神父は、洗礼とは人が最も低い場所に身を置き、神の前にへりくだる「沈めの儀式」だと語っています。実際、ヨルダン川は地球上でも最も低い場所の一つにあります。そこで洗礼を受けられたイエス様は、生涯を通して、低くされ、弱くされた人々と共に生きる決意を示されたのです。そうして、イエス様はこの世で虐げられ、さげすまれ、裏切られ、ついには十字架につけられて殺されました。けれどもその生涯を通して、神を見上げ、希望をもって生き抜く道を、私たち人間に示してくださったのです。 ⚫︎美輪明宏さんの「ヨイトマケの唄」は、日雇い労働で家族を支えた母親の姿と、その背中を見て生きる力を得た子どもの思いを歌った歌です。 「どんなきれいな唄よりも どんなきれいな声よりも 僕を励ましなぐさめた 母ちゃんの唄こそ世界一 今も聞こえる ヨイトマケの唄 今も聞こえる あの子守唄 父ちゃんのためなら エンヤコラ 子どものためなら エンヤコラ」 この歌は、人を造り、導くのは、きれいな言葉ではなく、人の生き様であることを教えています。まさにイエス様も、「人間のためならエンヤコラ」と、自ら低くなられ、その生き様をもって人々の心に語りかけ、キリストを信じる群れ、すなわち教会を生み出し、導き、育み続けてくださっているのです。 ⚫︎「洗礼」とは、清い別世界の住人になることではありません。イエス様の生き様に連なり、この世で弱さや痛みを抱える人々と共に生きる道への参加の始まりです。今週も、真の指導者であり救い主であるイエス様に導かれ、互いの苦しみを知り、弱さと痛みを担い合いながら、希望をもって主と共に歩んでまいりましょう。 |