9/28 礼拝動画・説教要旨
マタイによる福音書18章21〜35節
| 本日の説教要旨 「数えよ主の恵み」 山本一牧師 マタイによる福音書18章21〜35節 ⚫︎英語の名言に「Counting other people’s sin doesn’t make you a saint.(人の罪を数えても、あなたが聖人になるわけではない)」という言葉があります。人の罪を数えて(裁いて)生きるような生き方は、神の救いや人としての成熟にはつながりません。逆に言えば、人の罪を数えるのではなく、自らの罪を数え、神の赦しに出会っていくところにこそ本当の救い、「聖人(Saint)」への道があるとも言えます。 ⚫︎今日の聖書の箇所で、弟子のペトロがイエス様に質問しています。「主よ、兄弟がわたしに対して罪を犯したなら、何回赦すべきでしょうか。」当時、ユダヤの教えでは3度まで人の罪は赦すべきだとされていました。それをペトロは思い切って「7回までですか」と尋ねています。ペトロはもしかすると、実際に誰かの罪の数を数えていたのかもしれません。そんなペトロに対してイエス様は「7の70倍までも赦しなさい」と答えられました。これはユダヤ人の表現方法で、7という完全数にさらに大きな完全数を掛け、「完全に、限りなく」ということを表しています。 そしてイエス様は「仲間を赦さない家来の譬え」を話されました。王様に借金を帳消しにしてもらった金額は1万タラントン(約60億円)です。それに対して、家来がこだわった100デナリオンはせいぜい100万円ほどです。イエス様は神の赦しと憐れみがどれほど大きいかに目を開かせるために、そのような途方もない金額を示されたのでしょう。イエス様はこの譬えを通してペトロに、「救い」に至るには人の罪を数えて生きることではなく、神様の赦しと憐れみの大きさを深く知ることが大切なのだと教えられたのです。 ⚫︎画家のレンブラントは晩年、落ちぶれた生活の中で自らの罪意識を重ね合わせ、「聖ペトロの否認」を描きました。この絵には、イエス様を「そんな人は知らない」と裏切るペトロの姿と、それを見つめるイエス様が描かれています。ペトロはイエス様の一番弟子としての自負を持ち、どこまでも主に従うと言っていましたが、その自負も自信もすべてが打ち砕かれた瞬間でした。しかし、自らの罪を深く知らされ、なおその自分をどこまでも理解し受け止めるイエス・キリストの愛に気づかされたからこそ、「聖(Saint)ペトロ」と呼ばれるような存在となったのです。 ⚫︎聖歌「望みも消えゆくまでに」は、19世紀末、経済不況や社会不安のただ中にあったアメリカで生まれました。人々の心が不安や落ち込みに支配されやすい時代に、作詞者ジョンソン・オートマン Jr. は「神の恵みを数えることこそ、信仰者に与えられた慰めと力になる」との思いを込めてこの歌を作りました。この讃美歌を歌いつつ、神から頂いている数えきれない恵み―何よりも罪の赦しという最大の恵み―にを数え、感謝と喜びをもって歩む私たちとなりたい。そう願います。 |