元旦礼拝動画・説教要旨
| 元旦礼拝説教要旨 「一歩先へ」山本一牧師 フィリピの信徒への手紙2章1~11節 ⚫︎主の年2026年の元旦を迎え、私たちは新しい年の最初の日を礼拝から始めています。この恵みを感謝するとともに、新しい一年も主の祝福が豊かに注がれることを祈ります。年の初め、私たちは「少しでも前に進みたい」「昨年より良い自分でありたい」と願います。しかし、人は新年を迎えたからといって、簡単に変われるものではありません。 明治期のキリスト者である内村鑑三は、「キリスト者の新年とは、年が改まることではなく、キリストとの関係が新たにされることだ」と語り、「日常にキリストの新しい命を受けて、日々、元旦を祝しているのである」と説きました。また内村は、単なる社会奉仕ではなく、信仰に根差した「奉仕」を大切にすることを勧めています。 ⚫︎フィリピの信徒への手紙2章で、使徒パウロは教会の分裂の原因を「利己心」と「虚栄心」にあると指摘します。自己中心や自己正当化の心は、目に見えない分断を生み出します。そこでパウロは、「へりくだって、互いに相手を自分よりも優れた者と考え、自分のことだけでなく、他人のことにも心を向けなさい」と勧めます。その根拠として示されているのが、イエス・キリストの姿です。 6節以降には、当時よく知られていた「キリスト賛歌」が引用されています。「キリストは、神の身分でありながらそれに固執せず、僕の身分となり、人間と同じ者なられ、さらに十字架の死に至るまで従順であられました。」ここにパウロが加えた「十字架の死にいらたるまで」という言葉は、神が私たちのために、楚辺手の罪の贖いとしてご自身を捧げられた、計り知れない愛の一歩を示しています。 ⚫︎今日の聖書の御言葉から思い起こすのは、山梨英和女学校で長年女子教育に携わったキャサリン・マーサ・グリンバンク宣教師の姿です。彼女は校長でありながら、率先して奉仕をし、権威ではなく共に歩む姿によって人の心を動かしましたが、それは、自分自身が受けてきたキリストの愛に押し出された歩みでした。 ⚫︎元旦に問われているのは、今年どのような一歩を踏み出すかということです。 それは大きな決断である必要はありません。神の深い愛を思い起こしつつ、身近な人を助け、与えられているものを分かち合い、人知れず仕えることです。 新しい年、キリストが示してくださった愛の一歩に押し出され、それぞれの身近な奉仕の働きにおいて一歩前へ歩みだしていきたいと願います。そして「イエス・キリストは主であるという一点において心を一つにし、新しい年の歩みを続けてまいりましょう。 |