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9/21 礼拝動画・説教要旨

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マタイによる福音書18章10〜14節

本日の説教要旨「迷い出た一匹」山本一牧師
マタイによる福音書18章10〜14節

⚫︎以前、アメリカの牧師修養会で、ドナさんという女性の牧師に出会いました。彼女はかつて、家族とレストランに行った時、突然ガラスが落ちてきて脳に障害を負い、話すことや立つこと、集中することが難しくなったそうです。その後ドナさんは、「絵」を通して自分の心の痛みや、言葉にできない深い呻き、祈りを表現されるようになりました。その活動は、同じく苦しむ人々に癒しをもたらす働きとなったのです。彼女は、自分の弱さや痛みを隠さず、受け入れ、表現することを「Dancing withPain」(痛みと共に踊る)と表現されました。私たちはつい、痛みや弱さを「格好悪い」と思い隠してしまいます。しかし、むしろ、その痛みや弱さを受け入れた時、私たちは本当の強さを得ることができ、他者を癒す力をも与えられるのです。
⚫︎イエス様は「九十九匹と一匹の羊の譬え話」を通して、迷った一匹は特別に価値があり、神様はそれを探し、愛し、守ろうとされるのだということを伝えています。しかし、これは「良い九十九人」と、「問題を持った一人」という話ではなく、私たち全ての人の内に迷いでるような一匹の羊があるということを思います。今日の譬えはその部分が決定的に大切だということを告げているのです。なぜならそこに、特別なイエス様の愛が注がれるからです。
⚫︎パウロも同じことを教えています。教会を「一つの身体」と例え、一人ひとりの賜物が違うこと、互いに補い合うことの大切さを語りました。そして、「体の中で、ほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです」と言いました。つまり、弱さは決して不要なものではなく、神の愛に触れる大切な入口なのです。
⚫︎先に紹介したドナさんは、自分の弱さや壊れたものを神に捧げる詩を書いています。
 「ここに、私はこわれたプレゼントを置きます。十字架の上に。
 私の悲しみ、苦しみを神に委ねます。
 神は、こわれたものと共にいてくださいます。
 やさしさと愛をもって、私の痛みを分かち合ってくださいます。
 こわれたものから生まれる新しいいのち。
 十字架の上で、新しい体と賜物として生まれる私。
 神の前で、あるがままの命として生き始めます。」
私たちも、迷い出た一匹の羊のような弱さを抱えています。しかし、その弱さの中にこそ、イエス様の愛と恵みが働いてくださいます。神がその弱さを受け止めてくださることを思い出す時、私たちもまた、自分や他者の弱さを受け止めることができるのかもしれません。今日、私たちもその愛に立ち返り、自分の弱さ、他者の弱さに目を向け、神の恵みに生かされて歩んでいきましょう。

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