1. HOME
  2. お知らせ
  3. 8/24 礼拝動画・説教要旨

8/24 礼拝動画・説教要旨

伊丹教会ロゴ

8 月 24 日の説教要旨 「教会を続けるということ」 前川裕牧師

使徒言行録20章17~35節

今日の聖書箇所はパウロの第 3 回宣教旅行の最後に当たる部分です。3 回目の旅は、2 回目の宣教旅行で立てた教会を問安するためでした(使 15:36)。旅の最後に、パウロは現地の長老たちに、教会をどう維持していくかという点について教えています。前半(17–27 節)ではパウロ自身の宣教姿勢が語られます。その最初にあるのは、「キリストの奴隷となる」ことでした(19 節)。イエスを模範とし、「あらゆる謙遜」「涙」「試み」に耐えたと言います。さらに「役に立つこと」、即ち「パウロが現地の教会と共に行うこと」については何も省略せず伝えたのです。これは現地の教会を信頼し、自立するよう促しているのでしょう。パウロは苦難を予測していますが(23 節)、パウロなき後にも教会が続いていく際、どういうことに注意すべきかを語るべきと考えていたのでしょう。長老たち(現在の「牧師」「教会役員」両方を含むと思われます)に対するパウロの訓戒は「自分」と「群れ全体」への配慮から始まります。長老たち自身がまずしっかりと立たなければ、教会は運営できません。そして教会員たち全体への配慮も勧められます。というのも、パウロの時はまだ「使徒信条」のような教義的な内容が固まっておらず、人々は自由にイエスの使信を解釈していました。それゆえに望ましくない解釈も生まれていたようです。それは教会の外からも、教会の中からも出てきていたようです(29–30 節)。では、基準となるのは何でしょうか。パウロは「受けるよりは与える方が幸いである」というイエスの言葉を重んじました。つまり当時、「自分が受けるものを多くしたい」と考える信徒たちが沢山いたようです。パウロはそうした「自分の欲のため」に生きる者たちを批判します(33–34 節)。パウロ自身が自分を奴隷として宣教のために働いたという自負もあるのでしょう。パウロの生き方に倣うよう、人々に勧めたのです。最初に教会が立てられた時には、人々の熱意が大きかったことでしょう。そして安定期に入ると、教会を維持することに意識を向けざるを得ません。そうすると、教会の維持=自分たちのために、という部分が大きくならざるを得ません。それゆえ「与える方が幸い」という、教会の外にも意識を向けることが大切になってくるのでしょう。私たちたちが「共に行う」べきことは何か、何を隣人と分け合えるのか。聖霊の導きを祈り求めつつ考えていきましょう。

新着記事

お知らせ一覧